理 事 池田 英徳
「チャンピオンへの道」
NO 426 2025年12月号より
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理 事 佐藤 睦
「読書の秋」
NO 426 2025年11月号より
暑い夏が長く続きましたが、いよいよ秋がやってきます。秋といえば、スポーツの秋、芸術の秋や食欲の秋など秋がつく慣用句はたくさんあります。「読書の秋」もその一つ。 暑くて過ごしにくい夏にくらべて活動しやすい秋は、やる気も起こりやすく、集中力も持続しやすい季節です。また、夜が長く静かに過ごせる時間も増えます。静に過ごしやすい時間も増えれば、ゆっくり読書もはかどることでしょう。つまり、「読書の秋」は秋の過ごしやすさや夜の長さを表す言葉であり、「読書」は夏の暑さが過ぎて、過ごしやすい季節が来たときに取り組みやすいものの代表格です。 では、なぜ「読書の秋」という言葉がうまれたのでしょうか? 「読書の秋」という言葉は、中国の唐代に編まれた漢詩に由来するといわれています。その漢詩が明治時代に夏目漱石の小説に引用されたことで、秋は読書をするイメージが日本中に広まり、「読書の秋」という言葉が定着したそうです。 今は絵本より動画やYouTubeなどに夢中な人もいるかもしれません。でも、本でしか味わえない感動もあります。 この時期には、本屋さんや図書館で、よくイベントやフェアが開かれます。ぜひ、楽しめる一冊を探して、秋の夜長に読書をしてみてください。私が最近読んで感動した絵本を一冊紹介したいと思います。 『かべのむこうになにがあるの?』 BL出版 ブリッタ・テッケントラップ作 風木一人訳 おおきな あかい かべが ありました。いつからなのか、 どこまであるのか、 だれもしりませんし しろうともしませんでした。でも、ちいさいねずみはおもいました。「かべのむこうになにがあるんだろう?」 かべっていったい何でしょう。いっしょに考えてみませんか。
理事 小野 尚
「散歩の途中で」の教え
NO 424 2025年10月号より
私は最近散歩をしているのですが、今はあまりに暑いので朝早くに出かけます。驚きなのは、途中の山道でウグイスの鳴き声が響いてくることです。この原稿を書いているのは、八月の初めです。ウグイスの声と言えば春の話ですが、今のこの時期にも、とても澄んだ美しい音色を聴かせてくれるのです。 散歩をしていて気付くのですが、聞こえてくる鳥の鳴き声も季節によって、次々と替わってきます。 手足がしびれるような寒い二月の頃は頭の上からヒバリの鳴き声が降ってきます。ヒバリの鳴き声は周囲によく反響して、どこで鳴いているのかよく分かりません。 三月頃になると、今度は寒い空気を切り裂くようにキジの鳴き声が聞こえてきます。時々、川の堤防の茂みから顔を出しているのは見かけていましたが、普段は山に居るとばかり思っていたのです。ところが、意外にも私たちの身近な場所にたくさん居るのです。田圃の畔にとても美しい姿を見せてくれています。鳴く声の方向を見れば、必ず居るのでキジはすぐに見つかります。 五月になるとカッコウの声が、六月になるとホトトギスの声が遠くの山から聞こえてきます。「テッペンカケタカ」または「トッキョキョカキョク」と聞こえるホトトギスの声を聴くと今年も夏が来たのだと思えます。そのほかにも、トンビやサギなどたくさんの色んな鳴き声に耳を傾けながら散歩をしえいます。 話は最初のウグイスに戻ります、とても美しい音色を聴かせてくれるウグイスですが、実は最初から上手くは鳴けないのです。何回も練習して上手くなっていくのです。皆さんもウグイスに負けないようにたくさん稽古を重ねてみんなを感動させる人になってくれるのを期待しています。
会長 柗嵜 典孝
「暑かった夏の思い出」
NO 423 2025年9月号より
暑い日が続いています。特に今年の夏はいつもより暑さがきびしく、日本各地で記録がぬりかえられています。日田市では35度以上の猛暑日の記録が日本一のようです。私の住んでいる所は海のすぐ近くですが、裏には山がせまっています。山の木々からは夜明けを待つかのように、せみの大合唱です。 夏の暑さはどちらかといえば好きでした。父は漁師でもあり、夕方から翌朝まで底引き漁をしていました。魚のほかにクルマエビやワタリガニなどがたくさんとれていました。朝の魚市場は漁を終えた魚が多く並び、とてもにぎわっていました。今から60年以上も前、当時小学生だった私は、魚市場に父のとれた魚を見に行くのが何よりの楽しみでした。父の自慢げな顔は今でもはっきりと覚えているし、父がとった魚は朝食のごちそうでもありました。 真玉海岸は遠浅の海岸です。潮の満ち引きも大きく、いつも港から漁に出かけないのです。潮のぐあいによっては、沖にとまっている船から漁に出かけることもあるのです。潮がだんだんと満ちて、船が動くようになるまで待たないといけないのです。父は船上で漁の準備に網の手入れなどで大忙しです。私と弟は船のそばで海遊びです。定置網の中の魚を見に行ったり、ハマグリやワタリガニを採ったりして遊んでいました。やがて、潮が満ちてくると父は船を動かして、漁に出かけ、弟と二人で父を見送り家に帰るのでした。 当時の真玉海岸の干潟は今よりももっと広く、貝や魚もたくさんいました。クルマエビやワタリガニは足が痛いほどいたのです。潮だまりにはさまれた丘の部分は高さが1メートルほどあり、野球や相撲をしたりするのが私たちの夏休みの遊びでした。海の中の干潟で野球は想像もできないと思います。体はまっ黒に日焼けし、背中はヒリヒリして夜は寝るのも大変でした。 そのころ家にはテレビもないし、外で遊ぶことしかなかったのでのです。私は勉強もしないし、毎日遊んでばかりいたので、夏休みの宿題は二学期が始まる二、三日前にあわててする小学生でした。そんなこともあり、学校の先生になってからは夏休みの宿題はあまりださないようになったのかもしれませ 暑い日がまだまだ続きますが、家の中ばかりで過ごさず時には外に出て遊んで、元気でたくましい体になるようにがんばりましょう。ただ、熱中症には注意しましょう。
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